神戸(2)神戸市民になった!
1992年 偶然にも神戸に赴任を命じられました 希望を出した訳ではありません
偶然というには神懸かりでした
しかも赴任中の住居は 六甲山系の中腹 全山縦走路の目と鼻の先でした
晴れて神戸市民の資格で六甲全山縦走にも参加しました
住居は高取山まで30分で登れるところにありました
六甲山を裏山として生活する神戸市民には「毎日登山」という習慣がありました
高取山も毎日登山の山の一つであり 毎朝多くの市民が山頂に登り一日分の英気を養っていました
私もしばしば早朝に高取山を往復してから出勤したものでした
標高こそ低いのですが眼下に広がる神戸の町並みと淡路島から大阪湾までの広がりのある景色を毎朝眺められるのは至福のひとときでした
2年間の任務を終えて関東に帰るのは断腸の思いでした
そしてその9ヶ月後阪神大震災が発生したのでした
震災の年の5月 神戸を訪れました 三宮駅前の歩道にて「ガンバッテルから震災見物来るな」の張り紙が胸に突き刺さる
カメラは持っていましたが「個人の倒壊家屋を撮影するのはやめよう」と心に誓いました
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毎朝のように慣れ親しんだ高取山からのパノラマの一部
神戸から帰任の直前には夜間登山で百万ドルの夜景を眺め 別れを惜しみました
写真は震災後に訪れたとき撮ったものなので 家屋に懸けられた青いシートがたくさん見える
夜間もう一度 高取山へ登りましたが あきらかに町のあちこちに暗黒が広がっていました
長田区の市場(商店街)を歩いていたとき フォークシンガーの草分けであるT・T氏のミニコンサートが学校の校庭で開かれていました
氏はトライアスリートとしても知られており各地の大会に招待選手として呼ばれることも多い
私も戸狩雪上トライアスロン(長野)や美方残酷マラソン(兵庫)の前夜祭などで氏の歌を聴く機会がありました
まさかこのような場所でと驚きました![]()
氏のおなじみのナンバーが次々と歌われる中に 一曲 被災した知人から送られた手紙を元に作ったという「なんとか元気をしています」という歌が披露されました 震災時の生々しい恐怖の瞬間の描写とその後の切々とした思いが歌われ心を締め付けました
コンサートが終わると聴衆である被災者の方々がT氏に駆け寄りサインや握手を求めました
その中の一人の老婆の姿が目に付きました
一生懸命T氏に身を乗り出して何かを言おうとしていました
「…焼け跡を見て下さい……焼け跡を見て歌を作って下さい…」
T氏は笑顔で無言でうなづきました
たぶん約束は果たさなかったと思います
しかし数週間後の新聞の片隅にT氏が銀座の街角で被災者支援のコンサートを開いたことが紹介されていました
「なんとか元気をしています」が歌われ 涙を浮かべる聴衆がいたと書かれていました
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