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神戸(2)神戸市民になった!

1992年 偶然にも神戸に赴任を命じられました 希望を出した訳ではありません
偶然というには神懸かりでした
しかも赴任中の住居は 六甲山系の中腹 全山縦走路の目と鼻の先でした
晴れて神戸市民の資格で六甲全山縦走にも参加しました

住居は高取山まで30分で登れるところにありました
六甲山を裏山として生活する神戸市民には「毎日登山」という習慣がありました
高取山も毎日登山の山の一つであり 毎朝多くの市民が山頂に登り一日分の英気を養っていました
私もしばしば早朝に高取山を往復してから出勤したものでした

標高こそ低いのですが眼下に広がる神戸の町並みと淡路島から大阪湾までの広がりのある景色を毎朝眺められるのは至福のひとときでした
2年間の任務を終えて関東に帰るのは断腸の思いでした
そしてその9ヶ月後阪神大震災が発生したのでした

震災の年の5月 神戸を訪れました 三宮駅前の歩道にて「ガンバッテルから震災見物来るな」の張り紙が胸に突き刺さる
 カメラは持っていましたが「個人の倒壊家屋を撮影するのはやめよう」と心に誓いました
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毎朝のように慣れ親しんだ高取山からのパノラマの一部
神戸から帰任の直前には夜間登山で百万ドルの夜景を眺め 別れを惜しみました
写真は震災後に訪れたとき撮ったものなので 家屋に懸けられた青いシートがたくさん見える
夜間もう一度 高取山へ登りましたが あきらかに町のあちこちに暗黒が広がっていました

長田区の市場(商店街)を歩いていたとき フォークシンガーの草分けであるT・T氏のミニコンサートが学校の校庭で開かれていました
氏はトライアスリートとしても知られており各地の大会に招待選手として呼ばれることも多い
 私も戸狩雪上トライアスロン(長野)や美方残酷マラソン(兵庫)の前夜祭などで氏の歌を聴く機会がありました
 まさかこのような場所でと驚きました
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氏のおなじみのナンバーが次々と歌われる中に 一曲 被災した知人から送られた手紙を元に作ったという「なんとか元気をしています」という歌が披露されました 震災時の生々しい恐怖の瞬間の描写とその後の切々とした思いが歌われ心を締め付けました
コンサートが終わると聴衆である被災者の方々がT氏に駆け寄りサインや握手を求めました
その中の一人の老婆の姿が目に付きました
一生懸命T氏に身を乗り出して何かを言おうとしていました
「…焼け跡を見て下さい……焼け跡を見て歌を作って下さい…」
T氏は笑顔で無言でうなづきました

たぶん約束は果たさなかったと思います
しかし数週間後の新聞の片隅にT氏が銀座の街角で被災者支援のコンサートを開いたことが紹介されていました
「なんとか元気をしています」が歌われ 涙を浮かべる聴衆がいたと書かれていました

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神戸(1)六甲山全山縦走

私は10代のころ青白い顔をした運動嫌いな人間でしたが
20代に入ってすぐにランニングや登山という 運動神経が鈍くてもやれる世界に開眼しました
当然運動能力が必要な 岩・沢・雪といったバリエーションに不向きな事は自覚しているのでハイキングレベルまでしか手を出しませんでした

1983年にヤマケイ(山と渓谷)にスポーツハイキング特集という知る人ぞ知る 知らない人は知らない歴史的な特集企画が載りました
この号は永久保存版バックナンバーとして大切に保管しています
運動能力がない人間が危険を冒さずに冒険気分を味わえるランニング登山や長距離歩行登山というものを知ったのです

しかし当時はまだ特殊な分野であり 大会として開催されているものも希でした
1986年 富士登山競走に初出場しました

1989年 富士山頂にて完走した走友会の仲間と
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ちょうど入会した勤務先の走友会で富士登山競走参加がブームになり
丹沢大蔵尾根などへのトレーニングをしていたのでした

同年に神戸市主催の六甲全山縦走大会にも参加しました
六甲山は神戸市民の裏山として長く親しまれてきた山です
この山を舞台にした全長56KMの縦走歩行大会が毎年開催されており、しかもこのようなハードなコースに多くの普通の市民がチャレンジしていうという全国的にも特筆すめき大会です
はからずも当大会がこの年初めて神戸市民以外の参加資格枠を設け 参加する機会を得たのでした

しかし私の真のターゲットは翌87年に初めて参加した「六甲全山縦走タイムトライアル」でした
以後数年にわたり ピークアタック型レースである富士登山競走と縦走型レースである六甲が当時を代表するランニング登山の大会と考えられ それへのチャレンジが毎年の目標となりました

1989年 六甲全縦タイムトライアル 須磨浦公園スタート直後 いきなり一つ目のピークへの上り坂 
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宝塚のゴールにて 関西風の丸餅の入った ぜんざいが毎年完走後の楽しみだったのです
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安政遠足(仮装マラソン)

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群馬県安中市で毎年5月に開催される人気の大会 「あんせいとおあし」と読みます
1855年(安政2年)安中藩主が藩士鍛錬のため安中城から碓氷峠までの競走を行ったとの記録にちなみ 「日本マラソン発祥」「侍マラソン」 のキャッチフレーズでマラソン大会として復活

表彰には着順表彰のほか仮装部門の表彰があり 由緒にちなみ武者姿などで仮装して走る参加者の姿が名物となっており 毎年マスコミにも注目されています

しかし距離29KM 標高差1000M 後半は旧中山道の登山道で 途中に厳しい制限時間の関門があるという十分ハードな山岳マラソンであり、それを仮装して走るのは なおさら大きなハンデであることから 楽しい中にも普通の仮装マラソンにありがちな遊び半分ではない充実感があります
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この年の出し物も沿道の人々に大いに笑われながら走ることができて満足でしたが 後半はこのような姿では暑さで地獄のような苦しさでした
仮装部門で入賞していたらしいのですがゴールが表彰式に間に合わず無効になったのは 確かこの年でした

実は昨年も参加申し込みしてたのですが直前の交通事故でフイにしてしまいました
今年は問題なくだめ 来年も足の治り具合がだんだんビミョーになってきましたが いつか必ず復活します

 

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東京湾横断マラソン

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1999年12月のアクアライン開通を記念して11月に開催された一生に一度(おそらく)の大会
川崎側から海ホタル折り返しのコースですので正確には東京湾は横断しませんでした
コースのほとんどは当然 海底トンネルの中です 参加者の発散する熱と湿気で11月とは思えない蒸し暑さでした

レース後 晴れて開通の後 何度か通りましたが ここを自分の足で走ったかと思うと 何とも言えない感慨がありました

鳴り物入りのアクアラインは 料金設定の高さから利用が伸び悩み対策に苦慮している模様
しばしばムダな公共事業の典型に名指しされています
千葉県側では木更津の大手デパートが撤退するなど思惑に反する効果が生じてしまいました

しかし開通した以上は利用増目指して頑張って欲しいところですが
将来 自転車・歩行者レーンなども設置して またマラソン大会など開催してくれたら うれしいです

立ち止まってセルフタイマー使用で撮影中 走っているように見せた姿はヤラセです
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長いトンネルを抜けた海ホタルの折り返しでは 東京湾ど真ん中の青い空と おいしい空気が迎えてくれました 
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8番星谷寺→14番弘明寺(2)

ルート図はこちら

谷戸山公園を抜けて県道に合流した巡礼道は「わかされ」の二俣で右に進みます
(なお、左へ直進する道は大山街道鶴間宿へ合流する道です)
立野台の交差点で旧道が右に分かれますが その先 県道と国道246との交差点で旧道も斜めにクロスします
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県道は高架橋となっていますが旧道は高架橋をくぐりながら谷間へ下っていきます
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高架橋下へ下ってきた旧道は目久尻川沿いに進みます
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上の写真の逆向きの光景 川沿いの道は巡礼橋を渡って巡礼坂を登っていきます
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巡礼橋
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巡礼坂
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巡礼坂を登ったあと県道とT字路で合流
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福岡K氏 西国結願

メーリングリスト仲間 福岡K氏より 西国三十三番観音霊場結願のメールを頂戴しました
一時は悪天のため断念と聞いておったのですが さすがであります
さて かように心身清浄なる一日を過ごしている方がいるというのに 当方 今宵は「行事」が入ってしまいました
しかも2次会で先輩に説教されて涙目になった後輩を慰めるためもう一軒行くはめになり 結局まだ帰る途中の電車内です とほほけきょ!だんだん こうゆー古典的サラリーマンの世界って流行らなくなりましたよね
 わたしも仕事ないときは早く帰宅したいス040824_235701.JPG

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8番星谷寺→14番弘明寺(1)

ルート図
http://homepage3.nifty.com/yajikita_junrei/sakusaku/4_1.htm

8番星谷寺は県道42号に面しています
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県道を左へ向かうとすぐに小田急の踏切を渡ります
県道は右に急坂となりますが 巡礼道(弘明寺道)は踏切の先で左折します
この道は府中街道と呼ばれる鎌倉街道を起源とする道で 文字通り町田 府中を経て武蔵(埼玉)へ向かう道ですので 12番慈恩寺へ行くのに便利な道だったのではないかと推測しています
弘明寺道は 庚申塔のあるところを目印に右折して土道の坂を登っていきます
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弘明寺道は県立谷戸山公園内の散策路として残っていました

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福岡のK氏

ML仲間の福岡のK氏が西国徒歩巡礼に出かけており MLに随時実況をレポートしてきている
天候は不順で大変思いますが 念願の三三番結願を果たしてきて欲しいものです

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この夏自慢

トラックバック野郎 練習

夜中の居眠りでメガネを3回つぶしました
真夏日のせいだ

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まだ帰宅途中の電車です

今週は仕事が溜まってハラハラドキドキものです
でも このまま仕事だけの一日で終わるのシャクなので帰宅したらPC開きながらオリンピックを見てる途中で意識を失い 目がさめたら眼鏡を寝潰した状態で朝だったということに今日こそはなりませんように(合掌)
今しがた携帯を座席に忘れた人がいたので駅員さんに届けました
一日一膳!

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10番正法寺から9番慈光寺(4)

5年前に合わずじまいだった豆腐店の先代とお会いできたのは
間一髪のタイミングでありました
来客でごったがえす豆腐店を辞して 出立まぎわに巡礼の白衣姿で
デキカメで店を撮ろうとしていた姿がたまたま先代の目に留まったのでした

先代は現豆腐店の創業者です 現在は店の経営は2代目に引き継がれています
先代は一方 地元の講の先達として全国各地の巡礼に出かけており
その時の納経掛け軸などが応接間の中に展示されています

その日 引き続き向かおうとしていた坂東10番への巡礼街道についても熟知しておられました

そして先代から紹介があったのがこの地域の地方霊場である「入比三十三番観音霊場」でありました
当霊場は都幾川村、玉川村ほかに広がっていますが 無住の堂や寺院などが含まれています
先代はこの霊場の護持にも尽くされているようで オリジナルのガイドマップまで頂戴してしまいました

当霊場の一番は 坂東九番慈光寺の参道登り口に建つ無人の女人堂です
先代は 女人堂に案内札を寄進されたと言う
偶然にもその案内札を撮っていたもので デジカメ画面で先代にお見せすることができました

お茶をいただきすっかり長居してしまったあとの帰り際 またの再会を楽しみにすることを申し上げたところ「そんなに生きてはいないよ」と笑われた 正直なところまだまだ かくしゃくとされていて謙遜としか思えないものでした

女人堂と先代が寄贈された案内札 数時間後にお会いするとは知らずに撮影したものです
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翌平成15年の4月に私は交通事故に遭い 長期入院しました
季節は秋深まった半年後 ようやく自宅で療養することとなり久しぶりにパソコンを開きました
そしてふと あの豆腐店のホームページを閲覧したところ 先代が8月に他界されたことを知りました
1回だけお会いしたご縁で 少しだけ宿題を頂戴した気がします…次の世代へ残し伝えて欲しいものがあると…
この入力をしていた昨晩が ちょうど先代の一周忌だったのも無意識の巡り合わせでした
http://www.morobito.com/bandows/saitama3/saitama3.htm

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10番正法寺から9番慈光寺(3)

10番から樹林帯の尾根道が続いた巡礼街道は やがて平野部へ下り9番を目指します 

明治時代創業の老舗旅館の風格のある建物前を通ります
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道が玉川村から都幾川村に入ったところに豆腐店があります
この豆腐店に初めて訪れたのは平成9年 坂東徒歩巡礼の途上でした
明るく清潔感あふれる店内の陳列 ユニークなメニュー
「この豆腐屋さんは 普通の豆腐屋さんではない!」と直感できるお店でした
ためらう事なく立ち寄り 買ったその場で食べることができないか ご主人に聞いたところ
忙しく立ち働いていたにもかかわらず しょうゆ皿と割り箸を用意して 店の入り口脇に設置された応接間へ案内していただき お茶なども出してくださいました
そのとき 私は巡礼の白衣を着用していました
その姿を見た ご主人が誰かを呼びに行きました
実は先代ご主人が巡礼先達をされていた方なのでした
ふと応接間の中を見回すと 仏像や巡礼納経掛け軸などが陳列されているではありませんか
先代はあいにく外出中のご様子でお会いできませんでした
巡礼装束というのは いくら素人巡礼とはいえ ひとたび着用してしまうと軽率な言動は見
せられないような制約を感じ、それが良いところでもあるのですが、今回のような思わぬ出会いを数知れずもたらしてくれますPB030064h.jpg

平成14年午年に坂東霊場では世界平和祈願の特別開帳が行われており 私は再び坂東霊場の何箇寺かを巡っていました
その日は9番慈光寺から10番へ前回と逆コースに向かいました
そして再び 徒歩巡礼の白衣姿でこの豆腐屋さんの前を通りました
そこには前回には見られなかった光景がありました
おおぜいのお客さんがひっきりなしに店を訪れています
駐車場も店の前だけでは足りず 別の場所に専用駐車場があり 警備員さんまで配置されています
やはりこのお店は 遠方からはるばる買いにくる人がいるような ただものではない店だったのです
ご主人に話しかけるような暇などあるはずがありません
そそくさと立ち去ることとし、帰りがけに撮ったのが上の写真です
ところが帰りぎわ一人の老齢の男性に呼び止められました
休んでお茶を飲んで行けというのです
そして通されたのが5年前に案内された あの応接間なのでした…ならば この男性は… 
ルート図
http://www.morobito.com/bandows/saitama3/saitama3.htm

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10番正法寺から9番慈光寺(2)

巡礼街道は笛吹峠で鎌倉街道と十字交差します
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樹林帯の尾根道を進む巡礼街道 坂東三十三番でも屈指の旧巡礼道ですが 指導標が乏しく 車道横断箇所 産廃施設の迂回箇所など迷いやすいので 自己責任で地図の読図による歩行が必要です
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ルート図
http://www.morobito.com/bandows/saitama3/saitama3.htm

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高尾山危うし!(3)

裏高尾の地上から見上げるジャンクション工事
巨大で無数の橋脚が圧迫感を与えます
供用開始後は通行量の増加で谷間にこだまする騒音も一層激しくなると思われます
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このようなレポートをわざわざアップするのは「自然保護=建設反対派」の立場の人間であろうとお考えだと思います
しかし圏央道が首都圏の交通混雑の緩和と業務核都市などの発展の決め手として期待を寄せられている国家的プロジェクトであることは十分承知しています
そのためにはある程度 自然が犠牲になることはやむを得ないとの議論はあります

私としては この計画が現地でどれだけ大きな自然環境へ回復不能な影響をもたらしているのかを多くの方々に知っていただき それでもなお、高尾山にトンネルを掘っても良いとするのかどうか すべてを知った上で後世に責任ある判断を示していっただきたいと願っています

 
圏央道推進!のサイト
http://www.ktr.mlit.go.jp/sobu/
圏央道反対!のサイト
http://www.asahi-net.or.jp/~ds2y-ari/

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高尾山危うし!(2)

後日 さっそく圏央道の工事現場の方へ行って来ました
あと数日で工事により立入禁止になると予想されるシチュエーションからの画像もあります

高尾山の北側 裏高尾の谷間に展開することとなる中央道との巨大ジャンクション
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八王子城跡は小田原北条氏の有力な支城でしたが、豊臣方の猛攻で千人余りの戦死者を出して 結局北条氏降伏に至ることとなった「戦国の終わりを告げた」城だったのでした
人々はこの山を永く「忌み山」としてきたため 結果的に自然が保全された状態で今日に至りました
今また戦国以来 静かに眠っていた戦死者たちを呼び覚ますような最大の危機に瀕することになりました
八王子城跡トンネル工事は 大量の出水などがある中 まもなく貫通しようとしています
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裏高尾の谷間は逆転層が観測されています
巨大排気塔から排出ガスは谷間に滞留することが懸念されています
高尾山北面ブナ、イヌブナ林もダメージを免れないと予想されます
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ジャンクション工事現場側から高尾山の尾根を眺める
早ければ今年中にも いよいよこの尾根の土手っ腹を貫通するトンネル工事が着工されようとしています
そのとき 高尾山の本当の悲劇を目にすることになります
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高尾山危うし!(1)

高尾山にはいくつかの顔があります
都民のオアシスとして年間250万人もの人が気軽に登る山
子供のころ遠足で登ったことのある山
1200年前に開かれた修験、密教の山
戦国大名、幕府、国有林として大切に保護されてきた山
多種多様な動植物の宝庫

私にとっても子供の頃 登って以降 名前だけは知っている山でした
それが10数年前から知らぬ間に足繁く通う山になっていました
ある時はお花見や忘年山行として
ある時はランニングトレーニングとして
ある時は薬王院本堂への参拝や水行道場の滝修行にチャレンジして
また、自然観察のフィールドワークにも参加するようになりました

坂東霊場徒歩巡礼を目指す相模之国弥次喜多講をキタハチ(団体・個人名ともハンドルネーム)と結成したのも この高尾山です
http://homepage3.nifty.com/yajikita_kou/
最近 自分自身の交通事故などがあり 暫くご無沙汰していた高尾山に久しぶりに行ってきました
そして そのときショッキングな光景に気づきました
高尾山ケーブルの終点から北方の八王子城跡方面を眺めたときに、裏高尾の谷間に圏央道のトンネルと中央道ジャンクションの巨大な工事が行われている光景が見えたのです
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厚木花火大会

きのう 厚木の親戚の家に泊まりました
ちょうど花火大会の日でした
地方都市とはいえ2万発打ち上げる伝統ある花火で 茶髪浴衣のコギャルたちが 掃いて捨てるほど集まってました
やっぱりスターマインはスカッとしますね
厚木といえば飯山観音や星谷観音などの取材対象が近いので行く予定でしたが 交通事故で治療中の足を突き指してしまい腫れあがってしまいました とほほ

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携帯から初めて送信実験です

便利な機能ですね前の写真は高尾山ケーブル駅付近からの下界遠景でした

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試験

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10番正法寺から9番慈光寺

10番から裏山の尾根伝いに9番へ向こう道は巡礼街道と言われ多くの巡礼達に利用されていた道です
ハイキングコースとしては指導標もほとんどなく ゴルフ場や産廃施設の間をぬっていくような箇所もあり
地図をしっかい読んでいないと迷いやすい

地球観測センターの看板を目印に右折しなければならない場所
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道なりは直進だが右側の分岐へ行くのが正解
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左手産廃施設との間の塀
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車道を横断する
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http://www.morobito.com/bandows/saitama3/saitama3.htm

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奥鬼怒・日光

鬼怒沼湿原(84年10月?)

尾瀬ヶ原などの高層湿原は植物の堆積により丘状に盛り上がっていますが
そのおかげで「地平線」を見ることのできるビューポイントがあります
↓写真では ごく一部にしか見えませんが「地平線」を撮ったものです
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金精峠付近から
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戦場ヶ原
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10番正法寺(岩殿観音)への巡礼道

東武線高坂方面から10番へ向かって歩くと途中で右手に旧道が分かれる
道幅の狭い緩やかな曲線を描いてのどかな田園風景の中を快適に歩くことができます
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10番への旧道途中の弁天沼
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かつては茶屋町として栄えたという10番の参道
今は静かな住宅街
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10番山門の下に唯一巡礼宿の面影を残した民家があります
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10番山門から見下ろす門前町
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10番正法寺(岩殿観音)
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ルート図はこちら
http://www.morobito.com/bandows/saitama3/saitama3.htm

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巡礼街道(五番勝福寺 飯泉観音)

東海道国府津から真西へ分岐する直線道は古来 坂東五番 飯泉観音への参詣道でした
今は 車の往来の多い広い道路となっており昔日の面影はありません
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坂東三十三番霊場の世界平和祈願ご開帳による秘仏公開期間
勤行のあと観音様に10分以上見とれてました
本堂のご本尊から結縁紐が伸びています
(2002.10.19)
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ルート図はこちら
http://homepage3.nifty.com/yajikita_junrei/sakusaku/3_1.htm

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名越旧道

2番岩殿寺からは国道の幽霊トンネルを通らず鎌倉7切通しの一つ名越切通しを通ります

岩殿寺から横須賀線の踏切をまたいだあと北上する
バス停「久木新道」の手前の左折した道が名越切通しへの登り口です (04.2.15撮影)
指導標もあるが(写真丸印)朽ちかけており 気づきにくい
この左折を逃すと トンネルを通過せざるをえなくなりますので注意が必要です
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国道から切り通しへの入り口 その先の住宅地の中を抜けて 現代の名越切り通し入り口まで とても間違いやすいですが 当HPや現地の表示の不親切に八つ当たりせず 自己責任で読図力や土地勘を駆使して 道に迷うことも楽しみのうちにしていただきたいものです
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切り通しの核心部分は史跡保存のため 短距離ですが迂回路となっています
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下の国道のトンネルは有名な心霊スポットですが そうなる主な理由はトンネル上部 つまり切り通し道のすぐ脇に火葬場があるためです
昔は煙突から白い煙が出て あたりに独特の異臭が漂っていたのですが 今は無煙排気設備化されてる様子でバーナーの音だけが響きます
また この付近にある「まんだら堂」は今は公園整備のため立ち入り禁止ですが 鎌倉通にとっては 明月院に隠れた あじさいなど花の名所でカメラマンがよく訪れていました
「まんだら堂」はかつて修行僧が庵を結び 訪れた観光の若者達と世界平和などを語り合っていたといいます
私が初めて訪れたころには修行僧は亡くなられ その世話をしていた管理人さんが堂内の整備をしながら暮らしており 当時名越の遺構に関心を抱いていた私は 足繁く通って色々貴重なお話を聞かせていただきました
古道研究家で未だにその著書がバイブルとなっている故 芳賀善次郎氏や阿部正道氏もよく訪れていたとのことです
管理人さんが下山されてからは あじさいの時期だけの開放となり やがて公園として整備されることとなり現在に至ったというわけです
また これまでの間 いくどか開発の危機に立たされながら多くの方々の努力で守られて来たことも忘れてはなりません

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鎌倉側下り 横須賀線脇へ下りて行く
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ルート図はこちら
http://homepage3.nifty.com/yajikita_junrei/sakusaku/1_1.htm


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坂東1番から2番への巡礼古道

東京新聞で本年3月から坂東札所が週2ペースで連載されています
とても楽しい連載です
少しわかりづらいサイトですが同内容のものがネット上でも公開されています(URL貼っても問題ないんでしょうが 一応 メールくれた方にはお教えします)
坂東1番から2番への巡礼古道は 坂東巡礼はおろか鎌倉通の人にもあまり知られていない道だと思いますが 東京新聞夕刊一面に大きなカラー写真で掲載されていたのは感動的です
代わりに私の巡礼古道デジカメ写真を貼っときます(2002.10.14)
これで坂東を徒歩巡礼しようとする人が増えて 最初の一歩として この巡礼古道を歩いていただけたら 喜びに耐えません
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一番からの巡礼古道は かつては岩殿寺へ裏山から入るようになっていた。(写真丸印は岩殿寺最奥の正教観音が建立されている
場所)
現在は車道をう回して山門に廻りこまなければならない
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岩殿寺境内の最奥部の山頂に建つ 正教観音は付近のランドマーク的存在である
ここはかつて一番からの巡礼古道の二番への入り口であった
正教観音の碑文によれば 観音様は昭和五二年に建立されたものです
昭和40年代に団地開発によって かつて多くの巡礼者たちが行き交った巡礼古道が消滅した
その巡礼道の精霊達を供養するために建立されたという
高度経済成長の時代には 開発の前には 自然や史跡の保護などというのは今よりも はるかに軽視されていたはずであり、その時代にこのような慧眼を持たれていたことは驚嘆すべきことと感じました(2002.10.14撮影)
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ルート図はこちら
http://homepage3.nifty.com/yajikita_junrei/sakusaku/1_1.htm

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8番から14番 現地調査中

 この区間については 文献に基づいてルート図をアップしてますが未踏査区間が多く 現在実地踏査中です
 また 既に要ルート修正箇所が確実にあります
 これについては確実な現地確認ののち修正いたしますので 暫くお待ち下さい
 昨日も米軍厚木基地周辺をうろついてきました(かつての巡礼道が米軍基地によって寸断されているのですが もちろん迂回しました)
2004.8.1撮影
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