六甲全山縦走大会(後半)

Imgp0277 摩耶山を過ぎると標高が高いためか紅葉が一段と映えてきました

ただし買ったばかりのデジカメに不慣れなため紅葉の鮮やかな色を出すことができませんでした

ここから先は車道歩きが多くなります

ステッキのおかげか足の故障も起きることなく順調に歩く

Imgp0280 Imgp0279             

16:55六甲山郵便局で甘酒のサービス

やはり大いに励まされました

Imgp0281

17:11 ゴルフ場横 既に懐中電灯を点灯しながらの歩きです

Imgp0283 Imgp0285           

17:26 ガーデンテラス前に到着 車などで訪れた夜景見物の観光客が多い場所で 登山姿でトボトボ歩きしているのは浮いた感じです

ジンギスカンの前では いい匂いも漂います

Imgp0286 Imgp0288

そして車道を東六甲縦走路分岐点のチェックポイントまで歩き続けます

Imgp0289 18:26 トンネルを抜けて東六甲縦走路分岐点の最終チェックポイントに終了4分前に到着しました

思いのほか際どいタイムでした

続きを読む "六甲全山縦走大会(後半)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

六甲全山縦走大会(前半)

Imgp0224 6:34 六甲全縦スタートの須磨浦公園

受付は5時からですが電車利用では一番電車でも間に合いません

Imgp0231 6:51最初のピーク 鉢伏山への登りでくたびれる

いつもながらに これからの50kmあまりの縦走に絶望的になる瞬間です

続きを読む "六甲全山縦走大会(前半)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

六甲全山縦走大会前日 三宮 書写山 姫路城 灘温泉

7年ぶりに六甲全山縦走に参加することにしました

神戸に転勤したての一昨年には しんみりとゴール見物をやっていました

まだ交通事故から3年目 再び大会参加すること自体 一生あるかどうかと考えていたころでした

参加を決意した今年 皮肉にも この10月に関東転勤となり 遠征しての参加となりました

11月21日(金)夜 3連休前の金曜の満員の新幹線

しかし早くも 新大阪駅で網棚に登山用ステッキを置き忘れるという失態を演じてしまう

続きを読む "六甲全山縦走大会前日 三宮 書写山 姫路城 灘温泉"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

関東に帰りました!

_002_4

このたび2年間の神戸生活を終えて関東に戻ってきました

神戸では多くの人たちとの出会いがありました

皆さんありがとうございます

今後は あまり書いていなかった神戸の思い出なども綴っていきます

写真は神戸から離れる土壇場で 初めて訪れた諏訪山公園からの夜景です

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸元町 森谷商店のコロッケ

神戸元町 森谷商店のコロッケ
神戸元町 森谷商店のコロッケ
元町の森谷商店は高級神戸牛を売る肉屋さんですが 店頭で揚げたてのコロッケを買う人の行列ができる店としても知られます

まれに行列の短い時があると思わすコロッケを買いました
買い食い用と思われるベンチに座り 大丸デパートを長めながら熱々のコロッケをかじります まいう〜

| | コメント (0) | トラックバック (0)

稲荷市場 孝月堂バン

稲荷市場 孝月堂バン
稲荷市場 孝月堂バン
神戸から芦屋西宮にかけては評判のパン店が多い
元町や三宮駅近辺にも通勤帰りにお気に入りのパンをテイクアウトできるバン屋さんが多い
しかし神戸のパンの神髄は繁華街をはずれた町中のパン屋さんにあります
有名パン店が若い女性が喜びそうなったオシャレなパンを少し高級なお値段で売ってるのに対し 町中のパン屋さんはリーズナブルなお値段でオーソドックスな素朴な菓子パン類に味わいがあります
我が重点巡回地区である兵庫区の稲荷市場に行き まるとみでコロッケが揚がるのを待つ間に 向かいの孝月堂を覗きこむ
運の良いことに人気のカニパン カメバンが一個ずつ残っていました それにチョコパンマンを加えた三点を買いました388円
その後はいつものように定番のホルモン焼き中畑商店とお好み焼きひかりを見回りに行きました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸立ち呑み文化研究会

2ヶ月ぶりに記事をカキコみます

昨日、神戸立ち呑み文化研究会の設立総会に参加しました

未来の大ベストセラー「神戸立ち呑み巡礼」「神戸ぶらり下町グルメ」を書店で見つけたことが縁で、著者であるmshibataさんの飲酒主義共和国の花見などに これまで他国籍でありながら数度出席を許されてきました

このたびの研究会の立ち上げという歴史的な出来事にあたっても入会を許され感激しております

昨日の午前中は、これも今年のMy定例行事の一つである六甲山系への滝行に行っていました

西宮の高級住宅地にある四国のお遍路さんが集う由緒正しきバーのママさんの誘いで数度通っているものです

そのため、心身の精進潔斎を済ませ体勢は万全だったもののスケジュール管理能力に難があり、神戸立ち呑み文化研究会の設立総会へは遅れての参加と自己紹介となりました

何人かの方から「お仕事でしたか?」とお気遣いの言葉を頂戴し恐縮しました

初対面からいきなり「ちょっと滝行をやってました…養老の滝に行ったのではありません(関東ネタ?)…滝行やってると言っても別に私は怪しい者ですから心配してください…」というのも話はややこしいので、今日のところは黙っていました

総会から三次会までの様子は予想どおり参加者からネット上に配信されつつあります

ワンランク上の私さんが見事なレポートを出されてます それに替えさせていただき手抜きます

私は補足ということで

Pa0_0097 Pa0_0098

二次会中畑商店さんのホルモン焼きを賞味していたあと、すぐ近くにある「ダイエー発祥の地、中内さんの生家の薬局跡」に初めての方をご案内した

その時、その正面にある屋台ラーメンの店がおいしいという情報を同行の方から教えられたので、次回試してみようと思います

名前を失念したので今ググると海礼軒(みらいけん)というお店な事がわかりました

旨そうな記事がたくさん出てきてヨダレが出ます

二次会中畑商店さんから三次会安田屋さんに行く途中に「まるとみ」さんのコロッケ(60

続きを読む "神戸立ち呑み文化研究会"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

神戸ルミナリエ今年も存続へ

報告が遅くなりましたが 昨年末の神戸ルミナリエは若いボランティアの方々などの努力

続きを読む "神戸ルミナリエ今年も存続へ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸1.17

神戸1.17


続きを読む "神戸1.17"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

神戸稲荷市場 お好み焼き「ひかり」のおばあちゃん逝く

Pa0_0175  Pa0_0127_2 Pa0_0126

*

*

*

*

*

続きを読む "神戸稲荷市場 お好み焼き「ひかり」のおばあちゃん逝く"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

神戸ルミナリエ最終日の翌日

                                           

続きを読む "神戸ルミナリエ最終日の翌日"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸ルミナリエ最終日消灯の瞬間

最終日は21:30の消灯の時間まで人が続々とやってきて大賑わいでした

エンディングは阪神大震災が生んだ歌「しあわせ運べるように」が流れた後に終わりました

来年はルミナリエはあるのでしょうか?

三分割1

三分割2

三分割3

続きを読む "神戸ルミナリエ最終日消灯の瞬間"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸ルミナリエ2007初日

神戸ルミナリエ2007初日

続きを読む "神戸ルミナリエ2007初日"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸ルミナリエの準備が進行中!

神戸ルミナリエの準備が進行中!

続きを読む "神戸ルミナリエの準備が進行中!"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

布引ハーフ園とロープウェー

布引ハーフ園までロープウェーで上がりました
夜間ほとんど人はいませんでした

六甲ケーブル 摩耶ケーブル・ロープウェイ 布引ロープウェイを乗り比べて見てわかった事布引ロープウェイと・・・・・

続きを読む "布引ハーフ園とロープウェー"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

六甲・摩耶山からの夜景

日本三大夜景だそうで
気温20近くで そよ風が気持ち良い……

続きを読む "六甲・摩耶山からの夜景"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

花へんろ(2)

ナスの煮物とピーマン・じゃこの煮物の二点盛り 単身赴任者には泣けてくる家庭の味
イワシのフライ これも人気が高い……

続きを読む "花へんろ(2)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「花へんろ」の豚キムチ

三宮駅前に毎週一回は必ず絶対に行く小料理屋があります
店の名は「花へんろ」・・・・・ 

続きを読む "「花へんろ」の豚キムチ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

関西VS関東(2)

関西の駅のホームにはベンチもゴミ箱も異様にたくさんある…とても助かります

関東の駅のホームにはベンチが少なく ゴミ箱が異常に見つからない・・・・・

続きを読む "関西VS関東(2)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

関西VS関東

関東のマックは関西ではマクドと言う
関西の「冷麺」とは関東での「冷麺」と「冷やし中華」の両方を指す

関西のおでんの具には関東の「ちくわぶ」は存在しない
「ちくわぶ」そのものを知らないか 知っていてもすこぶる評判悪い

今 神戸市内のいつもの店で聞いたばかりの話

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さくら夙川駅のメロディはコブクロ

続きを読む "さくら夙川駅のメロディはコブクロ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

12月の神戸ルミナリエ、今年は2日間短縮 2年赤字で

12月の神戸ルミナリエ、今年は2日間短縮 2年赤字で asahi.com 2007年06月14日23時14分

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸市市役所展望フロアのレストラン

続きを読む "神戸市市役所展望フロアのレストラン"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ラーメン熊五郎

ラーメン熊五郎
熊五郎と言えば札幌ラーメンと思ってしまう関東人ですが 阪急三宮西口付近にある熊五郎は札幌ラーメンのチェーン店でも何でもないようです
麺にこだわりがあるようで 北海道産の小麦で つなぎに名古屋コーチンの全卵を使ってるとかで何やら凄そう

今までこの店では つけ麺しか食べてないのは530円で麺ダブル(二玉)でも値段は同じというリーズナブルさだけではなく柔らかくも腰のある麺に魅かれての事があります

やはりザルそばも讃岐の生醤油も つけ麺も冷えてるメニューは 麺に絶対的自信がないとおいしくいただけません

最適な状態で提供したいため 固さの注文もお断りというお触れ書きがあるのも中々のこだわり
熊五郎ではキムチとメンマも無料で取り放題の食べ放題となっています
だからと言って決して大量摂取したい食べ物ではありませんが…

| | コメント (0) | トラックバック (1)

1月17日震災の日

1月17日震災の日
1月17日震災の日
仕事帰りに神戸市役所前の公園に行きローソクを献灯しました
ローソクの灯のともる一帯だけが外界と遮断された張り詰めた雰囲気を感じました

続いてJR新長田に移動
ここでも駅前でローソクが並べられていました
訪れるのは震災の年以来となる大正筋商店街は見違えるように明るく新しい商店街に生まれ変わっていました
川嶋あいさんの三年連続のフリーコンサートは残念ながら既に終わって 千人もの人が集まったという熱気はもう消え去っていました
しかしサンテレビによる川嶋あいさんの生インタビューを見る事ができました
地元の学生諸君たちに混ざって携帯でパチパチ撮っていたのは言うまでもありません…と言ってる年齢の場合ではないのですが…
川嶋あいさんがなぜ毎年長田に来る事にこだわっているのかについては既に広く知られているところです
数週間前にNHKで 川嶋あいさんと長田の人達や震災孤児たちとの交流を伝える番組があり その中で 川嶋あいさんが自らの生い立ちを初めて公表した当時の収録も紹介されていました

いささか空回り気味の17日となりましたが 酒は一滴も口にしないという誓いだけは果たしました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

阪神大震災の日の前夜

阪神大震災の日の前夜
阪神大震災の日の前夜
ココログ=ニフティのブログサービスのメンテナンスが16日15時から24時間の日程で始まり 書き込みの他 アップロードが不能になっています
しかし1月17日を何と心得て無思慮な日程を入れたのかと 現在神戸の人間として思ってしまう
結構遅くまで働いてしまった震災前夜 かねて気になっていた神戸駅付近のこじんまりとした食堂へ突入しました
いわし煮付け だし巻き 粕汁 ごはん 熱かん二合
マスターと十数年来という常連さんがカウンターごしに語らっていた
いい雰囲気の店といいのは常連さんが良い
関西では店主も常連さんも一見さんをすぐに会話の中に混ぜてくれる
前日行った店は失敗しました
ガイドブックの説明とオフィシャルホームページのセンスに魅かれていったのですが…カウンターにいる常連風のカップルが大声で喚き散らしていた 新鮮な食材を使った創作料理は悪くなかったのですが店の雰囲気が食欲を減退させ 再度訪問する意欲も失せていました
それに比べて今日のほっとした雰囲気はなんなのか
やはりオシャレでキラビヤカな店よりも こういう所の方がほっとする年齢になったという事でしょうか
話の話題が やはり震災に移り 当時の苦労話が語られる
あるお客さんが飲んでるうちに「助け出したくても どうにもできなかった…」と泣きながら語ったという
人間相手の商売のプロであるはずの店主にして 黙って聞いてあげる事しかできなかったという
人間には心の奥に しまいこんでいたものを ふと吐き出さなくてはいけない時があるという
三宮の賑わいを見てもわからないが神戸の多くの人にとって震災はまだ過去ではないということをまだ理解していない自分を感じた

語弊を恐れず言えば 心の襞に沁みる いい酒を飲みました

| | コメント (0) | トラックバック (1)

再び「しあわせ運べるように」について

この曲の作詞作曲者は神戸市の小学校の音楽教師で 自らも東灘区の激震地で被災に遭っていたのですが 震災から2週間後にわずか10分で作った曲との話には驚きました

そのような時期にどうして希望と勇気にあふれた曲を作れるものか 極限に立たされた人間の内から湧き出るエネルギーだったのか 音楽教師としての使命感だったのか 想像がつきません

しかし医療関係者か高齢福祉関係者の話かおぼろげながら 人間が最後まで失ってはいけないのは「希望」だという話を聞きました

極限の中で生まれたこの曲は今でも多くの人に歌い継がれてきているとのこと

まもなく1月17日が近づいてくる中 このようなニュースがありました

川嶋あい、第二の故郷で“希望”を奏でる!!

大正筋は震災前と震災4ヵ月後に歩いた場所です

映画「ありがとう」の鷹取商店街も 全国高校駅伝優勝高もすぐ近くですね

「しあわせ運べるように」は神小研HPの「こうべの歌」で試聴できます

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ルミナリエ21日最終日

ルミナリエ最終日の消灯の瞬間を見に行きました

消灯数分前に「しあわせ運べるように♭♪」の小学生の合唱が流れてきて このイベント開催の原点 震災の鎮魂と復興に思いをはせる

すがすがし過ぎて 世間の濁りにまみれた大人の聞く歌ではないが 何気に頭に入りやすい曲で 思わず「響き渡れ僕たちの歌♭♪」と一緒に口ずさんでいました

「しあわせ運べるように」は神小研音楽部のホームページの「神戸の歌」で視聴できます

この曲は ルミナリエのオフィシャルグッズのCDに収録されていました

全8曲中 7曲はルミナリエ会場のズピーカーから流れてくるバロック風だったり賛美歌風だったりする数種類の曲ですが この曲だけは図らずも土壇場になって会場で聴いたわけです

Ts281253

21日21:30ルミナリエ最終日消灯の瞬間

閲覧には無償プレイヤーQuickTimeが必要です

毎晩 消灯の瞬間は時間きっかり アンコールなしで なんとも脱力感に満ちた歓声ととも呆気なく終わってしまうのですが 最終日だけは また格別なものがありました

消灯後も 出店の方は引き続き活気があり 「来年の開催が危ういです」と熱心にカンパを呼びかける女性の声が響き渡っていました

団体バスの観光客を含め これだけ大勢の人が訪れるイベントが赤字で開催が危ういというのも信じがたい

そこは詳細な情報を開示して改善案を提案していただきたいものです

ルミナリエ動画1

ルミナリエ動画2

ルミナリエ動画3

閲覧には無償プレイヤーQuickTimeが必要です

| | コメント (0) | トラックバック (0)

16日の神戸ルミナリエ

Ts281311 Ts281310 Ts281306 Ts281308

16日の神戸ルミナリエ

ルミナリエの歩行規制は基本的には大丸 元町通り前の交差点から始まってますが 昨日は元町通りの3丁目付近が最後尾でした
そのため元町駅下車の人も そして三ノ宮下車でセンター街などを通って来た人も元町駅から更に逆方向の西側へ歩かされて歩行規制の最後尾に誘導されています
東遊園地まで辿り着くのに一時間はかかるでしょうか
前半天気思わしくなく来場者の伸びなかったルミナリエですが期間中最後の休日である今日は更に混雑が予想されそうです

地元民としては回避した方が良さそうです
でも遠方からの方は悲観する事はないです
先週ウィークデーにスイスイ歩けるルミナリエの日がありましたが 全然つまらなかったです
混んでいてゆっくりしか歩けないからこそ ルミナリエまでたどり着いた時の眩いばかりの光に感嘆し 周囲の人達の熱気や感激に煽られながら楽しめるのです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸市役所24F展望フロアから見下ろすルミナリエ

動画 市役所24Fからのルミナリエ

閲覧には無償プレイヤーQuickTimeが必要です

神戸市役所24F展望フロアから見下ろすルミナリエ

Ts281262_1 Ts281296 Ts281298 

携帯電話撮影ではちょっと苦しいですね
実際の展望は良かったです

ルミナリエ会場から市役所を見上げると 24階展望ロビーは横一列に明かりがついており 頻繁にフラッシュが光っていて見学者がいることがわかります

1階の市役所玄関には展望ロビーへ向かうためエレベーターホールに並ぶ人たちが大勢いました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸ルミナリエ

神戸ルミナリエは、阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂と、復興・再生への夢と希望を託し、震災の起こった1995年12月に開催され、震災で打ちひしがれた神戸の市民に大きな感動と勇気、希望を与えました。
その後 継続開催を求める強い声が寄せられ、神戸の冬の風物詩としての定着を目指すことになりました。(
神戸ルミナリエ組織委員会オフィシャルホームページより抜粋引用)

数日前から入念な準備が進められ 開催初日はこのルミナリエにあわせて訪れる観光客で昼のうちから賑わっていました

通行規制で一方通行になっており、旧外国人居留区西側から回廊状の下を入っていきますが やはり入り口のゲート状のところが撮影ポイントなので ここで多くの人たちが暫く立ち止まってしまい 混雑しました

Ts281219 Ts281221 Ts281222 Ts281223

http://yajikitajunrei.blog27.fc2.com/blog-entry-42.html

http://yajikitajunrei.blog27.fc2.com/blog-entry-43.html

http://yajikitajunrei.blog27.fc2.com/blog-entry-44.html

東遊園地までたどりつきました会場周囲では記念グッズ、観光案内、プリクラなど様々なブースや出店が出ていて 想像以上に神戸の大イベントの一つになっていることがわかりました

その一方 お祭りらしい浮ついた雰囲気となっていないのは みな幻想的な雰囲気に酔わされて大人しくなっていることがありますが 神戸の街の持つゆったり感が作り出している気風ではないかと考えました

Ts281226 Ts281228 Ts281229

Ts281230 Ts281232

http://yajikitajunrei.blog27.fc2.com/blog-entry-45.html

http://yajikitajunrei.blog27.fc2.com/blog-entry-47.html

http://yajikitajunrei.blog27.fc2.com/blog-entry-48.html

http://yajikitajunrei.blog27.fc2.com/blog-entry-49.html

http://yajikitajunrei.blog27.fc2.com/blog-entry-50.html

| | コメント (2) | トラックバック (0)

赤井英和主演映画「ありがとう」をありがとう

「ありがとう」という映画が封切り直前であることを知ったのは神戸を徘徊していて偶然の事でした

予告編を見ただけで ひと目でこれは大変な映画だと思いました

『ありがとう』オフィシャルサイトhttp://arigato-movie.jp/

現シニアプロゴルファーのF氏。神戸市長田区の鷹取商店街でカメラ店を営んでいたが阪神淡路大震災で被災、地元消防団、自治会長として救助活動、街の復興事業に奔走、やがて還暦を前にした年齢で異例のゴルフのプロテストに挑戦する。

ノンフィクション「還暦ルーキー」(後に講談社文庫「ありがとう」)を原作とした映画です

11月25日の封切日の初回上映を観るため三宮駅前の中心街にある「三宮フェニックス」に向かいました

朝早い時間のためか座席は1/3に満たないぐらいの状態

報道カメラらしきクルーが入っていたが拍子抜けであったろうか

映画がはじまってから刻一刻と胸騒ぎがせまる。それは間もなく1月17日5時46分の場面が近づいているからでした。しかし、わかっていたにもかかわらず それは想像を遙かに超える恐ろしい場面でした。顔から血が引いてしまった事が自分でもわかりました。

鷹取商店街のセットと被災の場面はCGは使わない。それは亡くなられた6000人以上の方々への思いとして スタッフの方針だったとのこと。しかし「本物と同じだ」と地元の方も評する異例の大がかりなセットになった。

倒壊の場面ののち迫りくる火災 倒壊家屋からの必死の救助 

下敷きの家屋から「家族を逃がしてやってください」という声。自分は今までこの震災の悲話を結局 同情心とか涙物語程度の美談でしか聞いていなかった そんなきれい事ではないんだと衝撃を受けました。

本当は恐怖と苦痛と自分も助かりたいはずなのに「自分を置いて家族を逃して欲しい」と叫ぶ極限の状況 それを家屋の下から出ている「手」だけで表現する。妻を助けようと必死に家屋に取り付く夫と それを止めて引きずり降ろそうとする赤井英和の掴み合い やがて炎に包まれて倒壊していく家屋から聞こえる絶叫 その声から耳を塞ぎうずくまる女の子 この映画の中でも いつまでも忘れる事のできないシーンでした

この映画では多くの人気俳優が賛同出演でワンシーン出演している。焼失寸前に家屋から救助された老婆は正司照枝師匠 消防隊長は佐野史郎さん。しかし それは後になって気づいたぐらい この映画のメッセージを理解し流れの中にはまっているようでした。

震災の場面は時間で言えば前半40分 やがて絶望から復興 そしてFさん自身の復興  であるプロテストへの挑戦への後半に移っていき 笑いの場面がだんだん出てきます。

赤井英和が「ワシはこれで食っていくことにしたんや」とゴルフバックを指さす

田中好子の妻が「へえ こんなもんが食えるんか。だったら食べてみい」  赤井「おう」 一瞬ゴルフバックをかじるそぶりを見せて「アホ 食えるか。ワシはゴルフのプロになると言っとるんや」

こんな関西の夫婦の日常会話 笑いによる生命力に 震災の場面で消耗し(おそらく自分以外も)充血した目になっていた館内の観客席からも笑い声が漏れる。

港の作業員として登場した(いかにもハマリ役)島木譲二さんなどは この映画でもポケットからアルミ灰皿2枚を取り出して いつもの芸を始めたので笑わざるおえなくなるが それも神戸の人たちが復興に向けて徐々に笑顔を取り戻していく中のワンシーンでした

前半の震災の場面と後半の復興とゴルフの場面のギャップへの違和感 この映画を無理に何か指摘するとしたら その辺の事になります しかしこれは監督自身も最も苦心したところと言っていました

震災の場面 これは実際に体験した方にとっては耐え難い場面と思われます 事実

『ありがとう』オフィシャルサイトに寄せられた感想にも「見に行きたくない」という人がいるとのこと

しかしこの映画には鷹取商店街の方々が全面的に撮影協力し、全国の多くの人に見て欲しいと言っています

また完成試写会では赤井英和ほかの人たちが涙を見せており この映画には格別の思いを持っていたようです

自分もこの映画を神戸で観ることができて「ありがとう」

 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

元町高架下 洋菓子製造 レンセイ

以前 ファンだった店の生存を十数年ぶりに確認できました

モトコー(JR元町と神戸の間の高架下のヤミ市のような(ゴメンナサイ)商店街)の一角にある小さな店「レンセイ」です

一見 販売をしていない菓子製造工場のようですが 中に入ると卸し用の木箱の中に並べられたお菓子をバラで一個80円で買えます

目立たない場所にある気取らない店構えと老(失礼)職人夫婦 そして安くておいしいので ネット検索するとやはり根強いファンが多いようです

Ts281107_1 Ts281106_1

Pb120003

| | コメント (0) | トラックバック (0)

餃子の街 神戸(2)

自己申告:小さめパリパリ餃子が好きですという自己基準で報告します

11月に入ってようやく 王将以外の餃子の旨かった店を追加報告します

(不味かった店というのは行っていても掲載しません。また旨かった店についても ある程度認知されていて このようなマイナーなブログに載ったぐらいではお店や常連さんに迷惑がかからないだろう  という基準で掲載しています。)

Ts281117 Ts281118

希望軒の餃子です (ついでにラーメンの写真も)

餃子一人前が合体してしまい皮のコゲが平べったくっついているのが痺れます ただし このお店は本社が西宮の全国展開チェーン店です

なにわ一口餃子 チャオチャオ

Ts281119 自分的には かなり理想的な大きさ焼き具合の餃子

しかし残念ながら 大阪に本社のある全国展開の店なのです

神戸プロパーの餃子店も がんばれ

| | コメント (0) | トラックバック (1)

餃子の街 神戸(1)

餃子の話です

まず自分は「小さめパリパリが好きです」という基準での評価です

神戸に引っ越してきて一ヶ月の間に 唯一「おいしい」という結論が出たのは意外にも「王将」だけでした

Ts281144 観光ガイドにも出てくる店も数箇所 しかも地元在住の同僚たちと食べたり 話し合った中での結論でした

東京方面の王将の餃子は安いとは思っても トップを狙えるほどのものだったかなあと思いましたが 「同じ王将といっても東京の餃子とは焼き方が違うのだろう」というコメントがありましたが 得心した訳ではありません

| | コメント (0) | トラックバック (0)

六甲全山縦走 宝塚ゴール見学(2)

記念写真用のプレートです 私も撮った事があります

Pb230020

広場でくつろぐ脱力のひととき しかしそろそろ終電を気にしている人もいました

Pb230018

ゴール広場から宝塚駅までは遠くないが 疲労困憊の参加者にとっては意外と大変

まず武庫川を渡るが その橋のたもとにある名物炭酸せんべいの老舗は 大会開催日は営業時間を大延長で頑張る

購入率も高いです

Pb230015

阪急宝塚駅前には甘酒の無料サービスの接待が参加者の心と体を温める

かつては阪急線のホームへの階段が本当の土壇場の苦行だったのですが 今は当然のようにエスカレーターが設置されてあり 隔世の感があります 

来年は参加してみたいものだと 最近歩き過ぎで疼く後遺症の足をさすりながら考える今日この頃です

Pb230012

Pb230011

| | コメント (0) | トラックバック (0)

六甲全山縦走 宝塚ゴール見学(1)

縁あって六甲全山縦走大会(須磨浦公園から宝塚 公称52KM  実際は明らかに45KM程度といわれています)を過去10回経験していますが 3年前の交通事故による後遺症で この大会への参加が夢の世界に戻ってしまいました

この機会に今年は全縦参加者の感動のゴールを見物する立場になる事にしました

宝塚駅に着くと小雨がパラついています 大会参加者枠は2000人 全員が完走するわけではないはずですが 時刻は22時近くにもかかわらず まだまだ山から降りてくる参加者は大勢います

長い縦走を終え間もなくゴールの参加者たち スタートから15時間以上の行動のはず

Pb230025

ゴール広場への最後の階段 土壇場へのちょっとした苦行ですが 皆 歓喜に向けて最後のひとふんばり

Pb230024 Pb230022

ついにゴール 完走証と記念品を授与 全身に充実感と疲労

Pb230021

| | コメント (0) | トラックバック (1)

元町 淡水軒

ラーメンの良し悪しをを論ずるには まず自分自身の傾向を告知しなければならないほどラーメンは多様な世界であります

申告します

固めん うす味 細めんが好みです

ただしミソラーメンを太麺で食べるのもOKです

淡水軒は、観光都市神戸でもデープな領域に入ってしまうモトコー(元町高架下商店街)の元町駅寄りの最初の一軒目です

外見は3人ぐらいしか入れないかと思うほどちっぽけに見えましたが 表に 現職政治家と結婚した某女優の紹介記事が張られており 何気にただ事でないオーラを感じる中華料理店でした

勇気を振り絞って中に入ると 意外にもカウンター10席ある店でした

ただし朝青龍関を空気を抜いて折りたたんでも10個は入らないかもしれない程度の広さです

ラーメンは油っけ無しのつるつる麺とうす味しょうゆでサッパリしておいしかったです

チャーシューがよく漬け込んで味が染みているのですが 油分がスープにほとんど散らないほどサッパリしているのです

なんだか東京のしょうゆ味に通ずるものがあり 関西ではちょっと異質なラーメンではないでしょうか

餃子の方は 好みの自己申告は 小さめパリパリが好きです

淡水軒のは パリパリまでは焼きませんが カラッと程よい焼き具合 まことに宜しかったです

次々とお客さんが入ってきて人気抜群な感じの店でした

Ts281145

| | コメント (0) | トラックバック (0)

湊川の人工衛星まんじゅう びっくりうどん

ついに十数年ぶりに念願の人工衛星まんじゅうを食する事ができました

かつては 観光ガイドにまれに出てくる地味なお店でしたが、ネットの時代のおかげでこの手のお店が好きな人から口コミ情報が容易に入手できるのがありがたい

先週は 19時閉店というネット口コミ情報を信じて18:40に行ったところ あえなくシャッターが下りていました

今週、また湊川の交差点に向かうと 今度は大丈夫でした

ご主人の姿は見られず 店におられたのは人の良さそうな息子さんのほうでしたが ネット情報ではご主人がおられる事もあるとか

値段は昔とかわらず一個60円です 震災を乗り越え未だ健在です

_pb190061 Pb190070

そして残念な出来事が すぐ近くの新開地の立ち食いお値段で食べられる大正3年創業の老舗「びっくりうどん」の廃業の報

やはりネット情報で知りましたが 今年の5月に閉店との事

なごりを求めて付近を徘徊しましたが どの場所が元のびっくりうどんの場所なのかも忘れてしまってました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

三宮の小料理屋

昨日は 某飲食店街をさまよってるうちに うっかり ある小料理屋へ首をつっこんで覗きこんでしまい おかみさんに呼び止められてしまいました

つい先週 京都の 先斗町でちょっと知られた小料理屋へ勇気を持って入ってしまって以来 C級グルメなはずの体が何か異質な感覚を身につけてしまったようです

「そんなに高くないですよ」と心を見透かした言葉にカウンター席に吸い寄せられて腰を落ち着かせてしまいました

座っておしぼりで顔を拭いてみれば 何やら妙にサラリーマン冥利につきる落ち着いた時空間に身を委ねてしまいました

「相棒」の水谷豊の刑事が元妻の小料理屋でくつろぐ あんな感じでしょうか

カウンターの鉢に盛られた仕込済の料理の数々は まさに「日本のおふくろの味」です。

たまたま他のお客さんが来ない日で おかみさんと相対で話ができるという贅沢な時間を過ごしました

お店で話したことをおぼろげながら思い返すと「関西はタコが旨い。関東で普通に買っているタコは 関西のタコと全然違う」

「明石市内にある玉子焼の有名店、交差点の角にある木造のボロボロの家のあの店は 今や行列のできる店になっている」

「関西で売ってる納豆のにおいは関東よりも臭わないようにしてある」

など しょうもない雑学話などしていたのですが そのうちふと震災の話になってしまいました

「三宮の町はすっかり活気を取り戻し、一見 震災の傷跡は見えないが 町を行き交う多くの人は様々な心の傷を今もしまい込んでいる

この小料理屋へ来るお客さんも 震災の話をすれば身内をなくした話をする人が少なからずいる

震災の体験談の中でもっとも痛ましい話。倒壊家屋の下敷きになっている家族、火災の火の手が迫りくる中、目の前に居ながら助ける術もなく「早く逃げなさい」という言葉を背に泣く泣く別れた。少なからぬ人がそういう体験をし、その記憶をずっと背負い続けている。

この小料理屋へ来たあるお客さんがその一人であった。カウンター越しに語られるその話に、どのような言葉でお返しすればよいのか 言葉を探しあぐねた」

そのような話をアルコールを入れた状態で聞いたものだから、涙腺が決壊しやすい状態になっていたが 際どく恥をかかずに済みました。

この町へ来た以上 来年の1月17日は 自分なりの祈りをしたいと思っています

どのような祈り方になるか、頭で考えるのではなく 自然体でこの町で生活しているうちに見つかるのを待ってみます

それが結局「お酒を飲む量をいつもの半分にしよう」という祈りだったとしても それが自分なのだと諦めるしかありません。

さしあたって11月25日に封切りになる「ありがとう」を神戸で見る事にしてます

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

転勤の第一歩は神戸空港

転勤の偉大な第一歩は神戸空港でした

今年の2月にオープンしたばかり

羽田との便にスカイマークが参入して新幹線(の金券ショップ価格)よりも割安

時間的には30分程度早いぐらいだが 実質フライト時間が1時間弱なので腰が楽です

安い代わりにコスト削減が徹底しているのか SKY737型機は座席が狭く、機内サービスの飲み物やイヤホンラジオ、雑誌などもなし。離発着の光景を映すスクリーンもなく 救命胴衣の着け方は客室乗務員が手振りで示していました

羽田空港ではカウンターは端っこに追いやられ 搭乗口は飛行機までバスの送迎になる場合もある有様です

神戸空港については 伊丹 関空に近いことから空の過密地帯であり、また六甲山に近いことから危険性を指摘し 空港建設を疑問視する意見もありました

着陸は淡路島方向から明石大橋の上を通って左手に六甲と神戸の市街地を眺めながら海の上を水上スキーすれすれという感じで着陸して行きます

窓際に座るとなかなか見ごたえがありますが何となく怖い空港だなと素人的にも感じるところがありました

空港の方は 「畳となんとかは新しいほうがいい」という古典的格言どおりで、ターミナル内をじっくり観察しました

神戸空港のホームページ http://www.kairport.co.jp/index.html

みやげ物コーナーが充実してます

食い物やの方ですが 空港ですからやはり高い店は高い

しかしそこは さすが関西。一番お客さんが殺到していたのは 値段の安い本場讃岐うどん「たもん庵」でした

そしてポートライナーに乗って 六甲山を背後にする港町神戸に 海から向かっていく様はなかなか圧巻です

神戸空港の風景

Pap_0020 Pap_0019 Pap_0017 Pa0_0021

| | コメント (1) | トラックバック (0)

神戸に転勤になりました

この10月に神戸に転勤になりました

14年ぶり2回目になります

関東人が関西に赴任すると 関西の評価が人により二分化する傾向があります

自分には 関西の型に縛られない実用性重視のバイタリティは性に合ってるようです

前回の任期を終えて程なく阪神大震災が起きたことも 心に強く残ります

今や小学高学年の子たちも震災を経験していないことになります

かつて空襲の体験を親が子に 祖父母が孫に伝えたように 神戸では震災の体験が子供たちに伝えられているのでしょうか

神戸はその後何度もおとずれており もう一度住んでいたい場所でしたが それはまさか ただの夢だと思っていました つい先日までは

面白いことに その当時の地元採用の気のおけない若手たち(当時の大河ドラマや始まったばかりのJリーグになぞらえサンフレッチェなどとおだてられていた)が それぞれ長い転勤修行に旅立ってのち ひとまわり大きな年齢になって凱旋人事を果たしており さながら同窓会のような職場になりそうでした

ところが神仏はそのような虫の良い事は許さないようだ

公私とも転勤前の整理に追われていた9月下旬に 震災でも折れなかったサンフレッチェ(3本の矢)の1本が折れてしまったとの急報が入った

A君は 若い妻子のために簡単には負けらなかったはずだ 難病との長い精一杯の戦いのゴールが9月下旬だったのだ  

{人事の情報は早くから察知していた 10月から昔の仲間で再び仕事ができるのを楽しみにしていたのに残念}と御令室は言った

「楽しむよ …楽しませてもらうよ コウベを」 A君に心の中で返礼しました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸(2)神戸市民になった!

1992年 偶然にも神戸に赴任を命じられました 希望を出した訳ではありません
偶然というには神懸かりでした
しかも赴任中の住居は 六甲山系の中腹 全山縦走路の目と鼻の先でした
晴れて神戸市民の資格で六甲全山縦走にも参加しました

住居は高取山まで30分で登れるところにありました
六甲山を裏山として生活する神戸市民には「毎日登山」という習慣がありました
高取山も毎日登山の山の一つであり 毎朝多くの市民が山頂に登り一日分の英気を養っていました
私もしばしば早朝に高取山を往復してから出勤したものでした

標高こそ低いのですが眼下に広がる神戸の町並みと淡路島から大阪湾までの広がりのある景色を毎朝眺められるのは至福のひとときでした
2年間の任務を終えて関東に帰るのは断腸の思いでした
そしてその9ヶ月後阪神大震災が発生したのでした

震災の年の5月 神戸を訪れました 三宮駅前の歩道にて「ガンバッテルから震災見物来るな」の張り紙が胸に突き刺さる
 カメラは持っていましたが「個人の倒壊家屋を撮影するのはやめよう」と心に誓いました
sinsai02hen.jpg takatorigousei01.jpg

毎朝のように慣れ親しんだ高取山からのパノラマの一部
神戸から帰任の直前には夜間登山で百万ドルの夜景を眺め 別れを惜しみました
写真は震災後に訪れたとき撮ったものなので 家屋に懸けられた青いシートがたくさん見える
夜間もう一度 高取山へ登りましたが あきらかに町のあちこちに暗黒が広がっていました

長田区の市場(商店街)を歩いていたとき フォークシンガーの草分けであるT・T氏のミニコンサートが学校の校庭で開かれていました
氏はトライアスリートとしても知られており各地の大会に招待選手として呼ばれることも多い
 私も戸狩雪上トライアスロン(長野)や美方残酷マラソン(兵庫)の前夜祭などで氏の歌を聴く機会がありました
 まさかこのような場所でと驚きました
sinsai01hen.jpg

氏のおなじみのナンバーが次々と歌われる中に 一曲 被災した知人から送られた手紙を元に作ったという「なんとか元気をしています」という歌が披露されました 震災時の生々しい恐怖の瞬間の描写とその後の切々とした思いが歌われ心を締め付けました
コンサートが終わると聴衆である被災者の方々がT氏に駆け寄りサインや握手を求めました
その中の一人の老婆の姿が目に付きました
一生懸命T氏に身を乗り出して何かを言おうとしていました
「…焼け跡を見て下さい……焼け跡を見て歌を作って下さい…」
T氏は笑顔で無言でうなづきました

たぶん約束は果たさなかったと思います
しかし数週間後の新聞の片隅にT氏が銀座の街角で被災者支援のコンサートを開いたことが紹介されていました
「なんとか元気をしています」が歌われ 涙を浮かべる聴衆がいたと書かれていました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸(1)六甲山全山縦走

私は10代のころ青白い顔をした運動嫌いな人間でしたが
20代に入ってすぐにランニングや登山という 運動神経が鈍くてもやれる世界に開眼しました
当然運動能力が必要な 岩・沢・雪といったバリエーションに不向きな事は自覚しているのでハイキングレベルまでしか手を出しませんでした

1983年にヤマケイ(山と渓谷)にスポーツハイキング特集という知る人ぞ知る 知らない人は知らない歴史的な特集企画が載りました
この号は永久保存版バックナンバーとして大切に保管しています
運動能力がない人間が危険を冒さずに冒険気分を味わえるランニング登山や長距離歩行登山というものを知ったのです

しかし当時はまだ特殊な分野であり 大会として開催されているものも希でした
1986年 富士登山競走に初出場しました

1989年 富士山頂にて完走した走友会の仲間と
fujihen.jpg
ちょうど入会した勤務先の走友会で富士登山競走参加がブームになり
丹沢大蔵尾根などへのトレーニングをしていたのでした

同年に神戸市主催の六甲全山縦走大会にも参加しました
六甲山は神戸市民の裏山として長く親しまれてきた山です
この山を舞台にした全長56KMの縦走歩行大会が毎年開催されており、しかもこのようなハードなコースに多くの普通の市民がチャレンジしていうという全国的にも特筆すめき大会です
はからずも当大会がこの年初めて神戸市民以外の参加資格枠を設け 参加する機会を得たのでした

しかし私の真のターゲットは翌87年に初めて参加した「六甲全山縦走タイムトライアル」でした
以後数年にわたり ピークアタック型レースである富士登山競走と縦走型レースである六甲が当時を代表するランニング登山の大会と考えられ それへのチャレンジが毎年の目標となりました

1989年 六甲全縦タイムトライアル 須磨浦公園スタート直後 いきなり一つ目のピークへの上り坂 
rokkou03hen.jpg

宝塚のゴールにて 関西風の丸餅の入った ぜんざいが毎年完走後の楽しみだったのです
rokkou02hen.jpg

| | コメント (1) | トラックバック (0)